馬と一緒にいると、ときどき思うことがあります。
「もしかして、こっちの気持ち、わかってる?」
うれしいとき。
ちょっと落ち込んでいるとき。
そして、自分では平静を装っているつもりなのに、内心ちょっとドキドキしているとき。
そんなこちらの状態を、馬に見透かされているように感じることがあります。
以前の私は、そんなときに「馬は人の心がわかるんだ」と思っていました。
今も、馬は人のことを本当によく見ているなぁと思います。
でも馬と関わる時間が増えるほど、
「馬は人の心を読んでいる」
とひとことで片づけるのは、ちょっと違うのかもしれないとも思うようになりました。
では、馬には私たち人間の何が見えているのでしょう。
今回は、私が馬と接していて感じていることと、これまでの研究でわかっていることを分けながら、「馬は人の気持ちがわかるの?」について考えてみたいと思います。
馬は人の「心」を読んでいる?
まず最初に。
「馬は人間の心を読めます」
と、私は言い切ることはできません。
私たちが頭の中で考えていることを、そのまま馬が理解していると科学的に確認されているわけではないからです。
でも一方で、馬が人間から発せられるさまざまな情報に反応していることを示す研究はあります。
たとえば、人の表情。
声。
身体の動き。
そして、その人との過去の関わり。
私たち人間も、誰かと話すときに言葉だけを聞いているわけではありませんよね。
「大丈夫だよ」と言っていても、表情が硬かったら、
「あれ、本当は大丈夫じゃないのかな」
と感じることがあります。
馬が人間とまったく同じように考えているとは言えません。
それでも、人間が発している複数のサインを馬が利用している可能性については、さまざまな研究が行われています。
馬は人の表情と声を区別している
2018年にScientific Reportsに発表された研究では、人間の表情と声を組み合わせて、馬が人間の感情的な情報をどのように受け取るのかが調べられました。
馬に人の「うれしそうな顔」または「怒った顔」の画像を見せ、その後に肯定的または否定的な声を聞かせるという実験です。
その結果、顔と声の感情的な情報が一致している場合と一致していない場合とで、馬の反応に違いが見られました。
研究者らは、この結果から、馬が人間の表情と声から得られる感情的な情報を関連づけて認識していることを示唆しています。
つまり、
「笑顔を見分けられる」
「声の違いがわかる」
というだけではなく、顔と声という別々の情報を組み合わせて受け取っている可能性があるということです。
これを知ったとき、
「やっぱり馬って、私たちが思っている以上によく見ているのかもしれないな」
と思いました。
ただし、ここでも「だから人間の心が全部わかる」とまでは言えません。
研究で確認されたことと、そこから私たちが想像することは、分けて考えておきたいところです。
声だけでも反応が変わることがある
同じ2018年には、人間の声に対する馬の反応を調べた別の研究もScientific Reportsに発表されています。
この実験では、人間の笑い声のような肯定的な発声と、うなり声のような否定的な発声を馬に聞かせました。
すると、否定的な声を聞いたときには、肯定的な声の場合よりも長く静止するなど、警戒と関連すると考えられる反応が見られました。
人間が発する「声の雰囲気」も、馬にとって何らかの情報になっている可能性があるわけです。
これを普段の馬との関わりに置き換えて考えると、少し面白いですよね。
私たちは馬に、
「大丈夫、大丈夫」
なんて声をかけることがあります。
でも、その声を出している本人がガッチガチに緊張していたら……。
馬に届いているのは「大丈夫」という日本語の意味だけではないのかもしれません。
もちろん、この研究結果だけから「人間が緊張すると必ず馬にも伝わる」という話ではありません。
それでも私は、馬に話しかけるとき、何を言うかだけではなく、どんな声で、どんな自分自身でそこにいるのかも大切なのだろうなと思っています。
馬は「前に見た人の表情」を覚えていたという研究も
さらに興味深い研究があります。
2018年にCurrent Biologyに発表された研究では、馬に特定の人物の「怒った表情」または「うれしそうな表情」の写真を見せました。
そして数時間後、写真に写っていた本人が、今度は特別な表情を作らずに馬の前に現れました。
すると馬は、事前にその人物のどちらの表情を見ていたかによって、後の反応に違いを示しました。
つまり馬は、さっき見た「怒った顔」「うれしそうな顔」をその場だけで処理して終わったのではなく、その人物についての情報として後のやりとりに利用していた可能性が示されたわけです。
これを知ると、
「普段どう接しているかって、やっぱり大事なんだな」
と考えてしまいます。
もちろん、一度怒った顔をしたら馬にずっと嫌われる、という話ではありません(笑)。
そう単純なものではないと思います。
でも、馬との関係は「今この瞬間の合図」だけでできているのではなく、それまでの関わりの積み重ねも含まれているのかもしれません。
私は、そこにとても惹かれます。
「馬に気持ちが伝わった」と感じるとき
ここからは研究ではなく、私自身が馬と接していて感じていることです。
私は馬に会いに行くと、できるだけその日の様子を見るようにしています。
耳の向き。
目の様子。
呼吸。
立ち方。
尻尾。
こちらとの距離の取り方。
そして、
「いつもと何か違わないかな」
ということ。
もちろん、耳が後ろを向いたから「怒っている」、近づいてきたから「私のことが大好き」と、ひとつの仕草だけで馬の気持ちを決めることはできません。
耳を後ろへ向ける理由だって、後ろの音を聞いているだけかもしれません。
身体の不快感がある可能性だってあります。
だから私は、
見えたものと、そこから自分が感じたことを、なるべく分けて考えたい
と思っています。
それでも馬と一緒にいると、
「あ、今ちょっとこっちを気にしたな」
「今日はいつもより距離が近いな」
「なんとなく今日は慎重だな」
と感じる瞬間があります。
正解かどうかは、馬に聞いても日本語という言葉では答えてくれません。
そこが悩ましくて、そして面白いところでもあります。
馬を見るつもりが、自分を見せられている
馬と関わるようになって、私自身が変わったこともあります。
以前より、自分の状態を意識するようになりました。
今日、焦っていないかな。
イライラしていないかな。
怖いのに「怖くない」と無理をしていないかな。
馬を観察しているはずなのに、気がつくと自分のほうを見せられているようなことがあります。
「今日の馬、なんか落ち着かないな」
と思っていたら、
いや待って。
私がせかせかしてない?
なんてこともあります。
もちろん、馬の落ち着かなさを何でも人間の感情のせいにするのも違います。
周囲の環境かもしれない。
体調かもしれない。
虫が気になるのかもしれない。
仲間の馬が気になっているのかもしれない。
理由はいくらでも考えられます。
だからこそ、
「私の気持ちが伝わったに違いない」
と決めつけるのではなく、
「私自身も、この状況をつくっているひとつの要素かもしれない」
くらいに考えるようにしています。
それだけでも、馬への接し方は少し変わる気がします。
「言うことを聞く」と「信頼している」は同じなのかな
馬との信頼関係について考えるとき、私がずっと気になっていることがあります。
それは、
人間の言うことを聞く馬=人間を信頼している馬
なのだろうか、ということです。
私は、必ずしも同じではないと思っています。
馬はトレーニングによって合図に反応することを学びます。
それは乗馬に必要なことですし、人と馬がお互いに安全に行動するためにも大切です。
でも、指示通りに動いたという結果だけを見て、
「信頼関係ができた」
と決めてしまうのは、少し早い気がします。
人間のそばで馬がどんな状態なのか。
こちらが触れたときはどうか。
嫌だと感じているサインを出していないか。
こちらが要求していない時間にはどうしているのか。
そういうところも見ていきたい。
2020年にFrontiers in Veterinary Scienceで発表された研究では、馬と人との身体的な接触において、人への慣れや関係性、接触の仕方によって馬の心拍変動に違いが見られる可能性が報告されています。
人と馬との関係は、「この指示ができた」「この運動ができた」という結果だけでは測りきれないものなのかもしれません。
私はそういう部分も含めて、馬との関係を育てていきたいと思っています。
じゃあ、馬は人の気持ちがわかるの?
最初の疑問に戻ります。
「馬は人の気持ちがわかるの?」
今の私なら、
「私たちが考えていることを全部読んでいる、とは言えない。でも、人間が思っている以上に、こちらから出ているさまざまな情報を馬は受け取っているのかもしれない」
と答えます。
人の表情に反応する。
声に含まれる感情的な違いに反応する。
顔と声の情報を関連づける。
過去に見た特定の人の表情についての情報を、後のやりとりに利用したと考えられる研究もある。
そうしたことが少しずつ研究されています。
だから私は、「馬には全部お見通しだよ」と神秘的に語るより、
「馬は、ちゃんとこちらを見ている」
と思うほうが好きです。
そして、そう思うとこちらも、
「じゃあ私は、馬にどう見えているんだろう」
と考えるようになります。
馬のこころを「わかったつもり」にならないために
馬が好きだからこそ、馬の気持ちを知りたい。
これは私もずっと思っています。
でも好きだからこそ、
「きっとこう思っている」
と人間側の気持ちだけで決めつけないことも大切なのだと思います。
見えた事実。
そこから考えられること。
そして、自分にはまだわからないこと。
それを分けながら馬を見る。
痛みや体調不良が疑われる変化があれば、「気分かな?」で終わらせず、獣医師やその馬をよく知る専門家に確認する。
そんなふうに馬を見ていけたらいいなと思っています。
私もまだまだ勉強中です。
たぶんこれからも、
「今の、どういう意味だったんだろう?」
と馬の横で首をかしげていると思います(笑)。
でも、それでいいのかもしれません。
すぐに答えを決めずに、よく見る。
昨日の馬ではなく、今日、目の前にいる馬を見る。
そして、自分の気持ちにも少し目を向けてみる。
馬との信頼関係って、もしかすると、そんな小さなことの積み重ねから始まるのかもしれません。
まとめ|馬を知ろうとすると、自分のことも見えてくる
馬は人の心を読めるのか。
その問いに、単純な「はい」「いいえ」で答えることはできません。
ただ研究からは、馬が人間の表情や声などの感情に関連する情報を区別し、それらを組み合わせたり、過去の情報を後の関わりに利用したりする可能性が示されています。
そして実際に馬と接していると、
「この子は今、何を感じているんだろう」
と考える時間がたくさんあります。
その答えを急がず、馬をよく見ること。
同時に、
「私は今、どんな状態でこの馬の前に立っているんだろう」
と自分自身にも目を向けること。
私は、そこを大切にしたいです。
馬には嘘は通用しない。
そんなふうに感じることがあります。
だからこそ私も、できるだけごまかさず、馬の前に立ちたい。
馬のこころについては、まだ知りたいことがたくさんあります。
これからこのブログでも、耳や目、表情、距離の取り方、馬同士のコミュニケーション、そして人との信頼関係など、ひとつずつ調べながら書いていきたいと思います。
馬のことをもっと知りたい。
結局、私の原動力はいつもそこなのかもしれません。
参考資料・参考文献
Cross-modal perception of human emotion in domestic horses (Equus caballus)
Nakamura K, Takimoto-Inose A, Hasegawa T. / Scientific Reports, 2018
人の顔の表情と声から得られる感情的な情報を、馬がどのように関連づけるかを調べた研究。
https://www.nature.com/articles/s41598-018-26892-6
Domestic horses (Equus caballus) discriminate between negative and positive human nonverbal vocalisations
Smith AV, Proops L, Grounds K, et al. / Scientific Reports, 2018
肯定的・否定的な人間の非言語的な声に対する馬の反応を調べた研究。
https://www.nature.com/articles/s41598-018-30777-z
Animals Remember Previous Facial Expressions that Specific Humans Have Exhibited
Proops L, Grounds K, Smith AV, McComb K. / Current Biology, 2018
馬が以前見た特定の人物の感情表情に関する情報を、その後の対面時に利用する可能性を示した研究。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982218303646
Inside the Interaction: Contact With Familiar Humans Modulates Heart Rate Variability in Horses
Scopa C, Greco A, Contalbrigo L, et al. / Frontiers in Veterinary Science, 2020
慣れた人・慣れていない人との接触など、人と馬との関わりと馬の自律神経活動について調べた研究。
https://www.frontiersin.org/journals/veterinary-science/articles/10.3389/fvets.2020.582759/full
この記事を書いた人
ウエスタン乗馬も引きうまも、馬房掃除も好き、とにかく馬が大好きで、馬とのコミュニケーションやホースマンシップ、馬の行動について日々観察しながら記事を書いています。
馬に乗ることはもちろん好きですが、ブラッシングや馬房掃除をしたり、馬の様子をぼーっと眺めたりする時間も同じくらい好きです。
専門家になりたいわけではありません(笑)専門家のように「馬はこう思っている」と断定するのではなく、ただ実際に馬と関わる一人として、信頼できる研究や資料も確認しながら、「馬のことをもっと知りたい」という目線で情報をまとめています。
